2012年12月15日

卒業試験と患者さん

相変わらず猛烈に忙しく病棟業務をこなしていたある日、教授から電話がありました。「卒業試験(国家試験)があさってだから、患者さん4人決めておいて」と。「ああ、もうそんな時期か」ドイツでは医師国家試験が2回あります。臨床課程に入る前(医学部2年が終わったとき)と卒業試験。卒業試験では筆記のほかに、ベッドサイドでの試験があります。私が医学部を卒業した頃はこのベッドサイドでの試験はありませんでした(当時の医師国家試験は全部で4回。筆記と口頭試問でした)。病棟勤務するようになり、国家試験の様子を見ることになりました。受験生はベッドサイドで患者さんの問診・診察を行い、症例をサマリーとして書類にして、教授にプレゼンテーションします。その後、疾患に関しての医学知識・治療法などが問われます。

早速同僚とどの患者さんに試験をお願いするか入院リストを見ながら検討しなければなりません。
「この患者さんは状態が悪いから無理だね」
「この方は症例としては最適だけど、ドイツ語が分からないから家族の通訳がないと・・・」
「この方はICUからの戻りだけれど、状態が安定しているね。よし、ちょっと協力してもらえるか聞いてみよう」
同僚が戻ってくると、「良かった!快諾してくれたよ」とホッとした様子。しかし試験前日になって患者さんから「やっぱり考える。当日返事するわ」との返事。教授からは早く決めてほしいとのプレッシャーが・・・。
「どうする?困った」国家試験前日の夕方です。どうしてももう一人試験に協力してもらう患者さんが必要です。
「こうなったら一か八かで、この患者さんに頼んでみようか・・・」この方はPSCという病気のため胆管の炎症で入退院を繰り返していました。
「今朝の回診で肝移植について言及したから、今落ち込んでいるよね。大丈夫かな・・・?」しかし予想に反してこの患者さんは大喜び。
「いやー、隣ベッドの患者さんが先週試験に協力したでしょう。僕もやってみたかったんだよね」と大張り切り。本当にありがたいです。
試験当日の朝、採血に行ったときに患者さんの気が変わっていないかさりげなく探りを入れます。
「今日はご協力ありがとうございます。学生がそろそろ来ると思いますので、学生が質問したことにただお答えいただければ結構です。学生の問診能力を問うものですから」すかさず同室の患者さんが「問診能力か。だったら先生たちはみんな落第だね、はははー」と悪い冗談を。いつも辛口の冗談をいうこの患者さん。潰瘍性大腸炎という難病に苦しんでいる若い患者さんで私が大学病院に勤務した頃から知っています。

そうこうしているうちに、学生たちが病棟にやってきました。「学生たちが来たようです。ではどうぞよろしくお願いします!」と病室を後にしました。くじ引きでかわいらしい女学生がこの患者さんに当たりました。まずは電子カルテで情報を集めます。「先生―、この検査結果をコピーアウトしたいのですが、できません」学生が叫んでいます。こういう日に限って故障するものです。「もうコピーアウトなんかに時間を取っていないで、必要な情報だけ頭に入れなさい!PSCで必要な情報は?」。毎回のことですが、病棟勤務の傍らで大わらわです。「先生―、患者さんが病室にいません。どうしよう」医学生が涙声で医務室に戻ってきます。「まさか、あんなに張り切っていたのに,あり得ない」私のアドレナリンも全開状態です。よく見るとその患者さんのベッドサイドには置き手紙と携帯電話の番号が。「ちょっと気合(!?)を入れてきます。部屋にいないときにはこの携帯に電話してください。すぐ病室に戻ります」と。こんなときに気合(要するにタバコを吸いに出ている)を入れなくても。

なんとか無事試験が終わりました。その日は私たちもなんだか疲れてしまいました。
夕方に試験に協力してくれた患者さんのところへ回診に行きました。「どうでしたか?本当にご協力ありがとうございました」学生と何を話したのか分かりませんが、「肝移植について前向きに考えるよ」と患者さんからの肯定的な答え。どうやら学生から闘病への勇気をもらったようです。

医者は医療スタッフはもちろん、学生や患者さんなどみんなから育てられると改めて実感した日でした。

15/12/2012に堀籠晶子が次のカテゴリーに投稿しました